京都試作ネットとI-OTAを結び付けた「危機感」
両団体の出会いは、唐突なものではありませんでした。京都試作ネットは2001年の発足以来、顧客の課題を対話で解決する独自のスタイルを築き、その名は全国に広がっていたとのことです。
実際、I-OTAは発足直後にメンバーが京都を訪れ、事務局の運営体制などを視察していたといいます。お互いに「自分たちと同じように、会社の枠を超えて挑戦している仲間がいる」という存在は、言葉を交わす前から認識していたのです。
そして直接両者が結びつくきっかけとなったのは、約3年前。京都試作ネットの佐々木代表が、I-OTAのウェブサイトに掲げられた「図面がある方/ない方」という極めてシンプルで本質的な導線に感銘を受け、自らアポイントを取って大田区を訪ねたことでした。これが、東西の連携の始まりです。
佐々木代表
「「ホームページの案内の仕方がすごくいいアイデアだと思って、一度お話を聞いてみたいとお伺いしたのが初めての出会いでした。あの日は雪で、京都からは私1人で行くことになってしまって」
國廣代表
「僕らは本当に緊張したんですよ。あの代表がこちらに来てくれると聞いて、『やべえな、どうしよう』と(笑)。頑張らなきゃなということで、10人ぐらい集めてお迎えしました。」
京都試作ネットとI-OTAは、その手法においていくつかの違いがあります。京都は「対話力」を武器に、1000年続く職人文化をマネジメントに昇華させたスタイル。対して大田区のI-OTAは、「仲間まわし」という現場の強固なネットワークに、ITツールを活用したDXを掛け合わせるスピード感が持ち味です。
佐々木代表
「アプローチは違うんですけど、やっぱり『日本のものづくりがどんどん失われてしまう』という危機感。それを『しゃあない』で終わらせず、なんとかしようとアクションしている気概に、共通のものを感じたんです」
國廣代表
「ゴールとして見ている価値観がすごく似ているなと思いました。特に関西の工場見学に行ったり、皆さんのお言葉を聞いたりする中でそれを強く感じました」
手法は違えど、彼らが見つめている先は同じです。
「今のままでは、日本のものづくりは消えてしまう」
両代表が、そしてメンバー全員が共有していたのは、切実な危機感でした。
佐々木代表
「ある日突然町工場が廃業し、静かになっていくんですよ。誰も騒がない。それが恐ろしい現実。無くなっていくこと自体もそうですが、それを機に『新たなものが生まれる機会』までが一緒に消えてしまうんです。」
國廣代表
「今まで通り『図面ください、うちは加工だけです』というやり方を続けていたら、いつの間にか『あの会社いなくなったね』と存在を忘れ去られてしまう」
1社が廃業してもニュースにはなりませんが、ある日突然、特定の製品が作れなくなる…日本のものづくりの世界では、そんな「静かな崩壊」が始まっているのです。
「自分たちの代で、この灯を消してはいけない。そのためには安売りをせず、中小企業が誇りを持って豊かに働ける新しい価値を生み出さなければならない。」
この「商売がなくなるかもしれない」というギリギリの危機感が、彼らの魂に火をつけたのです。

一般社団法人 京都試作ネット 代表
佐々木 智一


